電車や街なかで、あまり好みではない香水や柔軟剤の匂い、塗装などの建材の匂いなどが鼻について気分が悪くなること、ありませんか?
ここ数年、特に他の人の衣服についた柔軟剤や芳香剤の匂いで体調を崩してしまう人が増え、「香害」と呼ばれるようになっていますが、これは化学物質過敏症の症状のひとつだと考えられています。
年々患者数が増え、社会的にも対策が必要と言われている化学物質過敏症。つらい症状に苦しむ人たちが安心して暮らせる賃貸物件やアパートへの取り組みも重要だと考えています。
そこで今回は、化学物質過敏症に対応した賃貸物件・アパートについて、現状と対策、そして課題についてお伝えしたいと思います。
化学物質過敏症とは
わたしたちは生活の中で、無意識に、様々な化学物質を身体の中に取り込んでいます。食事に含まれる食品添加物などもそうですが、空気中にも目に見えない化学物質がありとあらゆる場所に漂っています。
特に新築の家やリフォーム後の部屋に充満している建材の接着剤などによる健康被害は「シックハウス症候群」とも呼ばれていますが、トイレの消臭剤、クローゼットの防虫剤、そして前述した柔軟剤などからも、化学物質は放散されています。
そんな化学物質を日常的に吸い込み続けていても通常は特に健康被害がないままで過ごせるのですが、取り入れた化学物質の量が身体のキャパを超えた時に発症するのが、化学物質過敏症。
花粉症やアレルギーのように、それまで何の自覚症状もなく過ごしていたのに突然発症することもあり、誰にでも発症のリスクがある病気です。
化学物質過敏症になってしまうと、ごくわずかな化学物質にも身体が過敏に反応してしまうようになり、それまでちょっと不快だな、くらいに思っていた匂いでも激しい頭痛やめまいを起こしたり、他の人には感じられない空気の変化でも体調を崩してしまうようになり、日常生活を送ることが非常に困難になってしまいます。
さらに症状が進むと、不眠やうつ病などの精神疾患を患ったり、仕事にも就けず家からも出られない、起き上がれないほどの不調に。消毒薬の匂いに反応する人は病院にすら行くことができません。
化学物質過敏症の原因となる物質や症状も人によって様々なために診断や治療も難しく、健常な人からの理解も得にくいというのも特徴で、日本では患者数は約700万人ですが、実際の潜在患者は1000万人以上とも。
過敏症という言葉から、神経質な人、気にしやすい人、といった誤解をされることも多い病気ですが、実際には化学物質に対して感受性が強く、感知能力が高いからこそ発症することから、空気中の成分変化に敏感な鳥「カナリア」に例えて表現することもあります。
保育園や小学校などの教育機関の室内環境で長く過ごす子供が発症する例も増えていて、将来的にも対策が急がれる社会問題。
とはいえ、私たちの生活から化学物質を完全に排除することは難しく、これから先も化学物質過敏症を発症する人は増えていくと考えられています。
小さな頃から化学物質がある生活が当たり前になっている子供達が将来安心して健康に暮らせるためにも、住環境・生活環境について今一度考えてみる必要があると感じます。
賃貸物件・賃貸アパートの現状
自分で新築の家を建てたり、自宅のリフォームを行う場合には、化学物質過敏症について詳しい工務店に相談して自分の症状に合わせた対策をすることが必要です。
しかし戸建ての賃貸やアパートの場合には、契約をしたら通常、建材や内装はそのままの状態で使用するしかありません。
一般的な建築に使われる資材も現在は有害な化学物質ホルムアルデヒドの数値が管理されていて、2003年以降の建築に義務化された24時間換気と併用することで健康に害は少ないと言われています。
とはいえ、一般的な賃貸住宅に使用される合板の接着剤や塩化ビニル製のビニルクロスやクッションフロアの可塑剤(かそざい)には規定内であっても化学物質が使用されているため、シックハウス症候群を引き起こすこともあり、より敏感な化学物質過敏症の患者さんが生活することは困難。
ただ、化学物質をできるだけ排除した建築や内装はその分コストがかかるため、賃貸物件の大家さんは既存の建材や内装材を使わざるを得ないという事情もあり、需要に対して供給が著しく少ないというのが現状です。
日本では軽度の人を含めると10人に1人が何らかの化学物質に対する過敏症状があるといわれている化学物質過敏症、日本各地で症状周知と医療体制整備の声が上がる中、当店にも多くの相談が寄せられています。
そのため、つらい症状で苦しむ人が安心して暮らせる家づくりに加え、新築やリフォームを待つことなく入居できる化学物質過敏症対応の、CS対応の賃貸物件・アパートへの取り組みも重要であると考えています。
CS対応の賃貸物件・アパートとは
CS対応の賃貸物件・アパートとは、化学物質過敏症の人が不快な症状を感じることなく過ごせるようにリフォームなどの対策を講じた物件です。
例えば:
- ・塩化ビニル製の壁紙やクロス→和紙や漆喰の壁
- ・クッションフロアや合板のフローリング→天然の無垢材の床
- ・合板のシステムキッチン→無垢材や金属・ホーローのキッチン
- ・量産の合板家具→無垢材の造り付け家具
- ・壁紙の接着剤→でんぷん糊
といった対策を施し、できるだけ室内への化学物質の放散を防いで健康に暮らせる環境を提供できる物件。
化学物質過敏症の患者さんはもちろん、安全な環境で子育てをしたい、オーガニックなライフスタイルを送りたい、といった方々のニーズもあります。
まだ全国的にも物件数が少ない取り組みですが、自らも化学物質過敏症で東大大学院で住まいづくりの研究をしている柳田徹郎氏が「オーガニックアパート研究所」を立ち上げるなど、社会的にも認知度が上がってきています。
磯﨑工務店では住宅のリフォームの間の一次避難場所として化学物質過敏症対応の賃貸物件を用意していますが、さらに規模を拡大していけたらと考えています。
CS対応の賃貸物件・アパートの課題
化学物質過敏症の患者さんでも利用できるCS対応の賃貸物件・アパートへのリフォームや運営ですが、コスト面以外にも解決すべき課題は色々あります。
原因となる物質が異なる
一言に化学物質過敏症と言っても、不快な症状をもたらす原因物質は人それぞれ。柔軟剤などの香りに反応する人、建材の化学物質に反応する人、中には特定の木材に反応する人もいるため、一概に”自然素材ならいい”というわけでもありません。
新築や個人所有の物件のリフォームでは、利用する建材などの材料の一部を1週間ほど枕元に置いて反応を確かめる”パッチテスト”を行ったりしますが、賃貸の場合でも個人に合わせたお試し期間を設けるなどの工夫が必要になる場合も想定されます。
現れる症状も人それぞれ
異なるパターンに応じてリフォームを施しても、人によって現れる症状やレベルも異なります。他の部屋から流れてくる匂いなどに反応することもあり、注意が必要。
借りる人それぞれの症状に100%合わせたオーダーメイドは現実的ではありませんが、どこまで寄り添った対応ができるのかを考える余地はあります。
外部環境も重要
どんなに室内の環境を整えても、すぐ外で塗装工事が行われていたり、排気ガスが多かったりすると、部屋の空気も汚染されてしまいます。
窓を開けていると、隣の部屋の洗濯物から合成洗剤や柔軟剤の香りが部屋の中に入ってくることも。ベランダでの喫煙、蚊取り線香の煙など、近隣からの匂いも化学物質過敏症の方にとっては大敵です。
また、化学物質過敏症の方は花粉症も発症している場合が多いため、できるだけ自然豊かな環境かつ花粉にも気をつけつつ、農薬を散布する農地もなく、近隣ともある程度の距離を置いて・・・、と物件の立地や外的要素への配慮も大きな課題です。
このように、CS対応の賃貸物件・アパートの普及にはまだ課題もありますが、化学物質過敏症のつらい症状から解放され安心して生活できる人が少しでも増えることを願い、研究と実践を重ねていきたいと思います。
まとめ
今回は、化学物質過敏症に対応した賃貸物件・アパートについて、現状と対策、そして課題についてお伝えしました。
化学物質が全くない生活というのは難しいですが、せめて普段暮らす空間だけでも、安心して呼吸できる環境にしたい、それが私たちの願いです。