日々の生活の中で当たり前に溢れている化学物質。

年々、様々な化学物質を使用した建材や消耗品が増える中、化学物質を原因とする体調不良「化学物質過敏症(Chemical Sensitivity=CS)」に苦しむ人が増えています。

アメリカやカナダでは国民の1割が罹患しているとも言われ、世界的にも社会問題として様々な研究がなされています。

 日本でも最近、柔軟剤などの香りで体調を崩す「香害」を発端として化学物質過敏症が認知されることも増え、子供も含めると100万人の罹患者がいる一方、「軽度な症状も含めると10人にひとりは何らかの化学物質過敏症である」という説も。

 非常に身近に起こりうる疾患であるにも関わらず、未だメカニズムの全てが解明されていない化学物質過敏症ですが、身近な人が罹患したり、万一自分に何か症状が起きた時に正しく対処ができるよう、知識として学ぶことはとても重要です。

 そこで今回は、シックハウス症候群、化学物質過敏症などを日本へ紹介した医師の一人であり、北里大学名誉教授・北里研究所センター長も努めた石川哲先生の著書などから、化学物質過敏症(CS)の症状・原因物質・診断・予防と治療についてまとめたいと思います。

 

化学物質過敏症とは

化学物質過敏症とは、その名の通り化学物質に対して身体が過敏に反応し、不快な症状を出す疾患です。

 最初にある程度の量の物質にさらされることで、身体がアレルギーでいう「感作」という状態になり、再び同じ物質にごくごく少量でも曝露されると、過敏症状を表してしまいます。

 時には、最初に暴露された物質とは別の物質に対しても過敏に反応してしまうこともあり、そういう面でも花粉症などのアレルギーに似ています。

 ただ、アレルギーと違って、少量の化学物質に繰り返しさらされることで身体が物質を体内に蓄積し、慢性的な症状を表す「中毒性疾患」に近い特徴もあり、アレルギー反応と中毒症状が複雑に絡み合った疾患だと考えられています。

 身体に不快な症状が現れるのは、脳が「この物質は異物だ」と判断する結果だとも言われていて、外部刺激に敏感な人ほど化学物質過敏症になりやすいとも言われています。

 このことから、化学物資過敏症の患者さんを刺激に敏感で炭鉱で毒ガスを早期発見するために使用されていたカナリアに例えることもあり、特に刺激に敏感な赤ちゃんや子供への影響も心配されています。

化学物質過敏症の症状

 化学物質過敏症の症状は、全身の倦怠感や頭痛、不眠、便秘など多岐に渡る上、単なる疲労や更年期障害などとの差別化が難しいため、病院を受診してもなかなか化学物質過敏症に結び付かないことが多いと言われています。

 そのため、「こういった症状がある場合、化学物質過敏症の可能性がある」という認識を医師と患者双方が持っておくことで、正しい診断への近道になり得るのです。

 以下に、化学物質過敏症で現れる症状をまとめました。

 

気道障害

のどの痛み・鼻の痛み・気道の乾燥感・気道の閉塞感・風邪をひきやすい・呼吸困難

神経・精神症状

不眠などの睡眠障害・不安感・うつ状態・頭痛・思考力低下・記憶力低下・集中力低下・意欲の低下・易怒性・興奮性・攻撃性・落ち着きがない・運動機能障害・四肢末端の知覚障害・関節痛・筋肉痛・筋力低下・起立性調節障害

内耳症状

めまい・ふらつき・耳鳴り

自律神経症状

発汗異常・手足の冷え・頭痛・疲れやすい

循環器症状

動悸・不整脈・胸部痛・胸壁痛・高血圧

免疫症状

皮膚炎・喘息・自己免疫異常・鼻炎・花粉症・発熱・リンパ節腫張

運動器症状

筋力低下・筋肉痛・関節痛・振せん

消化器症状

下痢・便秘・悪心・嘔吐・腹痛・食欲不振・過食

感覚器症状

目の刺激感・羞明(まぶしい)・目の疲れ・ピントが合わない・視力低下・鼻の刺激感・匂いに敏感になる・味覚異常・音に敏感になる・鼻血・皮下出血

泌尿生殖器・婦人疾患

生理不順・不正性器出血・月経前困難症・頻・乏尿・排尿困難・尿失禁・膀胱炎

 

このように、化学物質過敏症では身体の外側から見える症状から、内科的な症状、精神的な症状など、さまざま。

 確かに、「喉が痛い」「咳が出る」「身体がだるい」などの症状は単なる風邪の症状に似ていますし、「めまいがする」「耳鳴りがする」は内耳の疾患、「発汗異常」「頭痛」などは更年期障害など、様々な別の病気や症状と間違われてしまうのも分かります。

 ただ、症状が化学物質過敏症から引き起こされている場合には、対処療法で痛み止めや胃腸薬などを服用しても、症状は一時的にしか回復しない、もしくは改善がみられないことがほとんどです。

 さらに、症状が良くならないまま間違った薬を飲み続けることでの弊害はもちろん、化学物質過敏症の症状自体が重篤化して、日常生活も送れないほどに悪化してしまうことも。

 そのため、一見関係なさそうな症状であっても、薬によって改善がみられない場合や、匂いに敏感だと自覚のある人は、化学物質過敏症を疑ってみることが大切です。

化学物質過敏症の原因物質

「化学物質」なんて聞くと、催涙ガスとか毒ガスとか工場の煙とか・・・、そういうケミカルなイメージを持つ人も多いかもしれませんが、化学物質過敏症の原因となる物質、実はわたしたちの生活の中にあたりまえのように溢れています。

住宅関連

建材・接着剤・ホルマリン・塗料

食品関連

食品添加物・残留農薬

洗剤系

洗浄剤・漂白剤・芳香剤・洗剤・柔軟剤

防虫系

殺虫剤・防虫剤・防ダニ剤・防菌剤・シロアリ駆除剤

室内環境

カビ・ダニ・ホコリ・動物の毛・タバコの煙

屋外環境

排気ガス・ディーゼル粉塵・除草剤・花粉・大気汚染物質

これらの物質は、化学物質過敏症の原因物質になる可能性が高いということが、患者さんたちの聞き取りなどにより分かっていますが、いずれもわたしたちの生活の中でゼロにすることは非常に難しいものばかり。

また、日常生活の中で触れる程度では通常は何の健康被害もなく、気が付かないで過ごせる人も多い中、過敏症を発症してしまうとごく微量の物質にも反応してしまいます。

同じ空間で同じように生活をしていても、反応してしまう人と、全く気が付かない人がいるという状況となり、周囲からの理解を得られにくいというのも過敏症の特徴です。

また、人によって反応する物質が異なったり、例えばきっかけが「建材に含まれる接着剤」だったとしても、その後芳香剤や除草剤など別の物質に対して過敏な反応が出てしまい、最終的には「全く外に出られない」「ガスマスクをつけていないと生活できない」ほど重篤化してしまうことも。

これらの物質が過敏症の原因となり得ると理解しておくことで、生活環境を見直して予防したり、自身や身近な人になんらかの症状が出た際の対策にも役立ちます。

化学物質過敏症の診断

原因が分からずに体調不良で苦しむ方にとって、「化学物質過敏症である」という診断が出ることは、その後の対策や周囲への理解を求める際に有効です。

とはいえ、症状が多岐に渡り、すぐに化学物質過敏症だと分かるような症状ではないことが多いこと、また過敏症の診断を出せる医療機関が少ないことなどから、なかなか診断につながらない人も多いのが現状です。

「もしかしたら自分は過敏症なのかもしれない」と心当たりがある場合は、「〇〇県 化学物質過敏症 診断 病院」などの検索から、自宅から通える病院を探してみることをお勧めします。

柔軟剤に含まれる香り成分(化学物質)による体調不良の「香害」が社会問題として認知されている昨今では、皮膚科や眼科、アレルギー科、耳鼻科などのお医者さんでも化学物質過敏症についての認識は高まっているため、かかりつけのお医者さんから専門医を紹介してもらえる可能性もあるかと思います。

そのためにも、自身の体調の変化や、不調が現れた時期、生活環境などについて説明ができるように把握しておくことが大切です。

化学物質過敏症の診断①:問診

化学物質過敏症の診断では、生活全般への問診と、症状についての聞き取りがあります。

特に重要だと言われているのが問診で、個人的な生活や既往歴、嗜好に踏み込んだ質問がなされます。

  • 出生地
  • 両親の職業
  • 転居歴
  • 各自宅家屋の状況
  • 家族の喫煙歴
  • 暖房の種類
  • 殺虫剤・有機溶剤など化学薬品の使用状況
  • 職歴
  • 職場・学校の環境
  • 嗜好
  • 手術歴
  • 妊娠歴
  • 発症の時期
  • 病気の期間

(出典:ふくずみアレルギー科

発症原因を突き止めるために、症状が出現した時期の前後については特に焦点を当てて細かく聞き取りを実施。

問診から得られた情報を元に、症状との因果関係や化学物質過敏症の可能性を探っていきます。

化学物質過敏症の診断②:症状の確認・検査

また、症状についての聞き取りと検査、診断も行われます。

北里研究所の石川哲先生による診断基準では、他の慢性疾患がないことを前提に、以下に挙げる3つの項目:主症状・副症状・検査所見から、診断を導きます。

主症状

  1. 持続あるいは反復する頭痛
  2. 筋肉痛あるいは筋肉の不快感
  3. 持続する倦怠感、疲労感
  4. 関節痛

副症状

  1. 咽頭痛
  2. 微熱
  3. 下痢・腹痛、便秘
  4. 羞明、一過性の暗点
  5. 集中力・思考力の低下、健忘
  6. 興奮、精神不安定、不眠
  7. 皮膚のかゆみ、感覚異常
  8. 月経過多などの異常

検査所見

  1. 副交感神経刺激型の瞳孔異常
  2. 視覚空間周波数特性の明らかな閾値低下
  3. 眼球運動の典型的な異常
  4. SPECTによる大脳皮質の明らかな機能低下
  5. 誘発試験の陽性反応


これらの症状と検査の中から、

  • 主症状2項目+副症状4項目
  • 主症状1項目+副症状6項目+検査所見2項目

のいずれかで、化学物質過敏症との診断がなされます。

化学物質過敏症の症状は多岐に渡り、ひとつひとつは風邪やその他の疾患にも良く似ていますが、それらが何種類も同時に現れていることや、症状に持続性があることが診断の基準になっていることが分かりますね。

また、

  • 原因物質(場所)を避けると症状が軽くなる
  • 原因化学物質が高濃度に検出される

というのも、診断上重要な項目です。

化学物質過敏症は、一般的なアレルギーと違って、血液検査では異常がない場合が多いのも特徴で、上記の問診や検査を行ってくれる医療機関も限られているため、自分でも項目をチェックしてみてから本格的に病院を探してみるのもいいかもしれません。

化学物質過敏症の予防と治療

様々な体調不良を引き起こし、日常生活もままならなくなってしまうこともある化学物質過敏症、発症する前にできる予防と、発症してしまってからの治療はどのようなものがあるのでしょうか。

化学物質過敏症の予防

原因物質の項で触れたように、過敏症を引き起こす物質はわたしたちの身の回りに当たり前に存在するものが多く、全てを排除することは困難です。

また、過敏症は、とりこんだ原因物質の量が身体の許容量を超えた時に発症すると言われていますが、この身体のキャパが人によって異なったり、同じ人でも年齢や健康状態によって異なるため、また同じ環境にあっても、発症する人としない人が存在します。

そのため、個人でできる予防としては、

  • 免疫力・抵抗力を高める
  • 健康状態を保つ
  • 化学物質の少ない生活を心がける

といったことが有効です。

身の回りの化学物質をゼロにすることはできなくても、気をつけて生活することで、許容量を超えない程度を維持しつつ、抵抗力も高めることが大切。

  • オーガニック野菜を食べる
  • 食品添加物を避ける
  • 無添加の洗剤を使う
  • 合板を使った家具などを避ける
  • 殺虫剤や消臭剤の使用を控える
  • 香りの強い柔軟剤や芳香剤の使用を控える
  • 適度な運動・休息・睡眠を心がける

など、生活環境や習慣の見直しをしてみることが、化学物質過敏症の予防に有効です。

化学物質過敏症の治療

化学物質過敏症を発症してしまった場合の治療の流れは、以下のようになっています。

  1. 確実な診断・原因物質の特定
  2. 原因物質の除去
  3. 悪化因子を遠ざける
  4. 健康状態をベストに保つ
  5. 運動療法・温泉療法・サウナ療法による解毒
  6. ビタミン剤・解毒剤投与による解毒
  7. 中和療法(原因物質の皮内投与による過敏症の中和)

1〜7の順番で治療を行い、4の「健康状態をベストに保つ」までで症状が緩和する場合が多く、続いて5、6のデトックス(解毒)、それでも改善がみられない場合に7の中和療法を行う場合もあるそうです。

原因物質を敢えて摂取する中和療法は、食物アレルギーに対する中和療法を化学物質過敏に応用した方法も米国では行なわれ、ある程度の成果を得られています(出典:医学書院)。

ただ、現状では化学物質過敏症の特効薬は存在しないため、できるだけ生活環境・生活習慣の改善で治療することが望ましいとされています。

化学物質過敏症と住居

住宅の建材や家具の合板、シロアリの防虫剤、防カビ剤など、一般的な住宅には化学物質過敏症の原因となりうる物質(VOC=揮発性有機化合物)が多く使われています。

特に、新築やリフォームしたての住宅では、接着剤や塗料から揮発する有害な化学物質が室内に充満し、短期間で身体の許容量を超えてしまう危険も。

化学物質過敏症の予防のために、住宅に関して気をつけたいポイントをまとめました。

新築・リフォーム後に気をつけること

一般的な建材での新築やリフォーム後には、接着剤や塗料が十分に乾燥していない状態で入居するのは危険です。

完成から入居までの期間は余裕を持ち、できれば入居までに一夏を越すくらいの期間を空け、接着剤や塗料からの揮発が落ち着くまで入居を避けます。

その間、業者さんなどにお願いして、こまめに換気して室内の化学物質を排出してもらうようにすることが大切。

また、湿気や温度の高い夏場の入居はできるだけ避けましょう。

入居後に気をつけること

一般的な新築・リフォーム後の住宅の場合は、入居後も、2か所以上の窓を空けて部屋の空気の換気に努めることが重要です。

ふすまや家具に使われている合板にも接着剤が使われているため、換気の際には室内のドアやふすまなども開け放し、外気と入れ替えましょう。

新築・リフォーム前に気をつけること

接着剤や塗料などからの化学物質に脅かされず、過敏症の予防をするためには、新築やリフォームの前から対策をすることが一番の近道。

新築・リフォームする時は、有害な化学物質を含まない(あるいはできるだけ少ない)建材を使うように業者に確認することが大切です。

特に、塗料、接着剤、内装、仕上げ材には注意が必要。

業者を選ぶ際には、化学物質過敏症について積極的に調べ、よく理解しているところに依頼するようにしましょう。

また、工務店の担当者さんとの会話から、その人のライフスタイルや健康と住宅への考え方なども含め、本当に安心・信頼できるところに依頼することが重要です。

住宅が原因で過敏症になった場合

新築やリフォーム直後の住宅だけでなく、何年も住み続けた住宅が原因で化学物質過敏症を発症することもあります。

建材や家具から放散される微量のVOCが体内で蓄積されて、許容量を超えた時に発症するもので、そうなってしまった場合はその場所から離れて生活することが最も有効です。

とはいえ、急に新居を探したり引っ越しをするのは簡単なことではありません。

そこで最も手軽で有効なのが、自宅の一部屋だけでも、化学物質過敏症対策をほどこし、安心して過ごせる空間を作ること。

そして、その部屋が完成するまでの間は、化学物質過敏症対策を施した避難所的なアパートで仮住まいをすることです。

当店でも、CS対策のリフォームや新築完成までの間、一時的に身を寄せられる賃貸物件を用意しています。

一刻も早く原因となっている空間から離れることで、症状が一時的に緩和したり、重篤化を防ぐことにつながります。

まとめ

今回は、化学物質過敏症(CS)の症状や原因物質、診断、予防と治療についてまとめました。

一度発症してしまうと、身の回りの様々な物質に反応してしまい日常生活にも支障をきたしてしまう過敏症。

ご自身や家族が安心して暮らしていけるよう、住環境や生活スタイルを少し見直してみてはいかがでしょう。

また、自身の症状から化学物質過敏症が疑われる場合には、重篤化する前に対策をなされることをおすすめします。