近年になって、日本のみならず世界的に症例が増えている、化学物質過敏症(CS)。

生活の中のごく微量の化学物質(香料、タバコの煙、排気ガス、建材に使われる接着剤の成分など)に対して身体が過敏に反応し、頭痛やめまい、吐き気、倦怠感など様々な症状を引き起こす病です。

日本での患者数は2024年に120万人ですが、アレルギー疾患や精神疾患と誤診されることも多く、潜在的な患者数は1000万人(日本人の12人にひとり)を超えると言われています。

未だ明確なメカニズムや治療法が見つかっていない化学物質過敏症ですが、特に誤診されやすい植物・薬品アレルギーや気管支喘息とは異なる特徴があるのだそう。

病院を受診しても「特にアレルギー検査で異常がない」「処方された薬を飲んでも改善しない」という場合に、通院をやめてしまう人ももしかしたら多いのではないかと思います。

しかし、実は化学物質過敏症だった場合には早期に対処しなければどんどん悪化してしまうこともあるため、注意が必要。

そこで今回は、湘南鎌倉総合病院免疫・アレルギーセンター部長・渡井 健太郎氏の著書「化学物質過敏症とは何か」を参考に、化学物質過敏症と食物・薬品アレルギー、気管支喘息の違いについてまとめてみました。

化学物質過敏症の定義

まずは、化学物質過敏症の定義について、アメリカ国立衛生研究所主催のアトランタ会議(1999)における研究者間の合意事項では以下の5つが挙げられています。

総務省「化学物質過敏症に関する情報収集」より)

定義① 化学物質に繰り返し曝露されると再現される

原因となる物質や環境に曝露(さらされる)ことで症状が現れ、そこから離れると改善、または消滅するものの、また再びさらされることで、症状が再び現れる状態です。

過去に大量の化学物質を短期間に浴びたり、長期間慢性的に化学物質の曝露を受けた後、非常に微量の化学物質でも再接触した際に過敏な反応が現れます。

定義② 健康障害が慢性的である

化学物質過敏症は、定義①のようなアレルギー疾患に似た症状だけでなく、繰り返し取り込んだ低濃度の化学物質が体内に蓄積して慢性的な症状を引き起こすという中毒性疾患に近い性格も兼ね備えています。

倦怠感、疲労感、不眠、便秘など、特徴のない慢性の症状も多く、なかなか化学物質過敏症とは結びつきにくいことから、自律神経失調症や更年期障害など、別の疾患として診断されることも。

 

定義③ 過去に経験した曝露や、一般的には耐えられる曝露よりも低い曝露量によって症状が現れる

最初にある程度の量の物質に曝露されると、アレルギー疾患でいう”感作(アレルギーの原因となる物質=アレルゲンに対して免疫機能が働き、過敏状態になること)”と同じような状態となり、再び同じ物質に少量でも曝露されると過敏症状を起こしてしまいます。

定義④ 関連性のない多種類の化学物質に対して反応が生じる

最初に曝露された物質と二度目以降に曝露された物質が異なっているのに反応が出る場合もあり、この場合「多種化学物質過敏症」とも呼ばれています。

また、化学物質に限らず、環境中に一般に存在する化学的に関連性のない複数の物質(子供の声、低周波、電磁波など)への少量曝露によって同様の症状が現れることもあり、その場合は「特発性環境不耐症」とも呼ばれます。

定義⑤ 症状が多種類の器官にわたる

化学物質過敏症によって現れる身体の不調や不快な症状は、人によっても様々で、症状が複数の器官に渡っています。

  • 頭痛、めまい、吐き気
  • 臭覚過敏
  • 眼・鼻・喉の刺激症状
  • 皮膚の紅斑・掻痒感
  • 不眠、易疲労感
  • 全身倦怠感
  • 便秘、動悸
  • 発汗異常、視力障害、下痢、筋肉痛、皮膚炎、喘息など

そのため、アレルギーや気管支喘息、自律神経失調症、精神障害といった病気と混同されやすく、化学物質過敏症に詳しい医師であってもすぐに明確な診断を下すことが難しいと言われています。

上記のような症状が現れたとしても、普段の忙しい生活の中ではドラッグストアで頭痛薬や痒み止め、便秘薬などそれぞれの症状に合いそうな薬を買って飲む、くらいがせいぜい。

それでもなかなか改善しない・・・、とお医者さんに行っても、内科や耳鼻咽喉科で化学物質過敏症を疑って問診をすることは少ないのではないでしょうか。

そうすると、やはり症状に応じた薬をとりあえず処方されるだけで、それでも症状が改善しないまま、ということになってしまいます。

化学物質過敏症とアレルギーの違い

化学物質過敏症は、わずかな化学物質に対して過敏な拒絶反応が身体に起こることから、アレルギーの一種だと捉えられがちですが、実際には違います。

渡井 健太郎氏によると、「広義に、物質や環境への過剰な体の反応すべてを過敏症とするならば、アレルギーはその一部」とのこと。

「過敏症」という大きなくくりの中に、「アレルギー」と「不耐症」というふたつの疾患が含まれていますが、それらはイコールではなく、発症のメカニズム、治療の方法、生命リスクの度合いに違いがあるのです。

アレルギーのメカニズム

私たちの身体には、細菌やウィルスなどの異物が体内に侵入してきた時に、それと戦うための「IgE抗体 」というタンパク質を作る免疫システムが備わっています。

風邪をひくと喉が痛くなったり咳や熱が出るのも、この免疫反応の結果で、身体がウィルスと戦っている状態なのです。

ところが、人によっては花粉や食べ物など、人体に害のないものも「異物」として感じ取り、抗体を作って抵抗しようとしてしまうことがあります。

そうなると、通常だと異物として認識されない物質がアレルギーの原因物質「アレルゲン(=抗原)」として認識され、それに対する抗体が免疫反応によって作られることになります。

そして、作られた抗体は身体の中で皮膚や粘膜に多くある「マスト細胞」にくっつき、アンテナのように次のアレルゲンの襲来に備えます。

そして再び同じアレルゲンが体内に侵入し、この抗体のアンテナに引っかかって結合した時、マスト細胞が痒みを引き起こしたりするヒスタミンなどの化学物質を放出、アレルギー反応として身体に現れるのです。

本来は身体を守るために異物と戦う免疫反応が、逆に身体を傷つける結果になってしまうため、「アレルギーは、体を守る免疫反応のエラー」とも言われています。

花粉などアレルゲンが身体に入る

  ↓

体内で抗体が作られる

  ↓

抗体がマスト細胞とくっつく

  ↓

再びアレルゲンに触れる

  ↓

マスト細胞がヒスタミンなどの化学物質を放出

  ↓

アレルギー反応

 

 

不耐症とアレルギーの違い

不耐症というのは、身体がその物質を受け入れるための機能を持っていない状態のこと。

特に食物不耐症は、体質的に特定の食品を分解する酵素が不足しているために消化できない病気です。

特にメジャーな食物不耐症だと、以下のようなものがあります。

  • 乳糖不耐症:牛乳に含まれる乳糖を消化するのに必要な酵素(乳糖分解酵素、ラクターゼ)が不足しているため、牛乳を飲むと下痢、腹痛、お腹の張り、腹部膨満、けいれん痛、鼓腸、吐き気、 おならなどの症状が出る
  • 小麦(グルテン)不耐症:小麦や大麦、ライ麦に含まれるタンパク質のグルテンを摂取すると、下痢、腹痛、頭痛、体のだるさ、不安、気分の落ち込みなどの症状が現れ、体調や気分が悪くなる
  • 果糖不耐症:果糖(フルクトース)を分解・消化するのに必要な酵素がない体質の場合、少量のフルクトースを含む食品を接種するだけで低血糖になり、発汗、錯乱、痙攣、昏睡になることがある

牛乳を飲むとお腹を壊す、というのはよく聞きますが、乳糖不耐症は実は有病率75%、100人中75人に症状があるのだそう。

小麦や果糖についても、有病率15%(小麦)、35%(果糖)と、食物アレルギーの有病率1%以下よりもずっと高い確率ですね。

また、非ステロイド性の解熱鎮痛剤(バファリン、ロキソニン、アスピリンなど)に対しての不耐症も存在し、鼻水、咳、アナフィラキシー、蕁麻疹といった症状を引き起こします。

これらの不耐症とアレルギーの大きな違いは、身体の中で抗体が作られているかどうか。

牛乳に対して症状が出た場合、アレルギー検査で牛乳に対する抗体が見つかればアレルギー、そうでない場合は乳糖不耐症が疑われます。

化学物質過敏症とアレルギー・不耐症の違い

化学物質過敏症と、アレルギー・不耐症の違いは、以下のようにまとめられます。

  • アレルギーにはそれぞれの物質に対する抗体ができる
  • 不耐症は特定のものに現れ、体内に必要な酵素が不足している
  • 化学物質過敏症は、様々な物質に反応する(定義④)
  • 化学物質過敏症は、普段から匂いに対して敏感

アレルギーや不耐症は、特定の食品や物質に対してのみ反応が出るのに対し、化学物質過敏症は関連性のない様々な物質に対して次々と反応が出るというのが特徴です。

アレルギーでも複数のアレルギーを持っている人はいますが、食べられない食材同士は化学的にも似たタンパク質を持っているため、野菜も肉も米もパンもダメ、といった共通点のないものに反応する場合には化学物質過敏症が疑われるのだそう。

薬についても、化学構造的に似通った仲間の薬剤に対してのみ反応が出る場合はアレルギーや不耐症の可能性が高い一方、これもダメ、あれもダメ、となる場合は化学物質過敏症の場合が多いそうです。

渡井 健太郎氏によると、アレルギーの疑いで受診した患者さんでも抗体が確認できない時、問診で「柔軟剤の匂いが気になる」「普段から香りに敏感で漂白剤などを使わない」といった話で、化学物質過敏症の診断に繋がることがあるのだとか。

化学物質過敏症と気管支喘息の違い

化学物質過敏症の症状と似ているために誤診されやすいもうひとつの疾患が、気管支喘息です。

 

気管支喘息とは

気管支喘息の患者さんは、症状が出ていない時でも気道が常に炎症を起こした状態になっています。

炎症を起こした気道はとても繊細で敏感になっているので、正常な気道なら問題ない程度のホコリやタバコ、ストレスなどのわずかな刺激でも狭くなり、発作が起きてしまうのです。

ただ、気管支喘息にも様々な原因(ダニなどのアレルゲン、タバコ、肥満など)があったり、合併症を起こしていたりして、人によって症状にもタイプがあるため、化学物質過敏症の呼吸器症状を気管支喘息だと誤診されてしまうこともあるのだそう。

化学物質過敏症との違い

一般的に、気管支喘息は基本治療薬である吸入ステロイド薬をある程度使用すれば良くなることがほとんどです。

ただ、喘息以外の合併症や咳の原因として、副鼻腔炎(嗅覚低下)や睡眠時無呼吸症候群、逆流性食道炎なども疑われるため、吸入ステロイド薬の効果が出ない場合には確認が必要。

そして、気管支喘息に効果がある治療(吸入薬、内服薬、注射薬)を適切に行っても効果が見られず、また合併症などもない場合、そして嗅覚低下ではなく嗅覚過敏があれば、ほぼ確実に化学物質過敏症であると判断できるのだそう。

ここでも「嗅覚過敏」というキーワードがありますが、化学物質過敏症の分かりやすい症状として匂いに敏感ということがやはり挙げられると思います。

まとめ

症状がにているため、アレルギーや気管支喘息と間違って診断されてしまうこともある化学物質過敏症。

なかなか正確な診断に至らず、様々な検査をしたり薬を試したりと、時間もお金も、そして身体への負担も増えてしまいます。

症状に関係なく思えても、「最近やけに香りが気になるようになった」「他の人の柔軟剤や香水の匂いで気持ち悪くなることが増えた」といったことがあれば、問診の際に伝えておくようにしましょう。